我々は,日常的にさまざまな問題に直面し,それらを解決している.本研究では,このような問題解決活動のうち,洞察問題解決を扱う.洞察問題解決はゲシュタルト心理学では「Aha! 体験」を伴う問題解決として知られており,解がわからない状態から,突然,解に到達した感覚を得るのが特徴的である.近年では,この突然の解への到達という感覚と,潜在意識処理との間に,何らかの関わりがあると考えられるようになってきた.しかし,どのような要因が,潜在意識処理が洞察問題解決に影響を与えているのかは明らかにされていない.そこで,本研究ではスロットマシン課題(三輪・松下,2000)を用いてこれらを明らかにすることを試みた. 実験1では,類推研究で用いられている伝統的手法を用いて,スロットマシン課題の手掛かりとなる課題(ソース課題)を事前に行い,その後,同課題(ターゲット課題)を行った.まず解を発見した実験参加者の割合に着目すると,事前に行ったソース課題が,後のターゲット課題の手掛かりであると告げられなかった実験参加者群の正答率は,ソース課題を行わなかった統制群の実験参加者の正答率と同等であった.これはGick & Holyoak (1983)が自発的類推の困難性として指摘した知見と一貫した結果である.一方,解を発見した実験参加者の発見に至るまでの試行数(事例観察数)に着目すると,事前にソース課題を行った実験参加者は,行わなかった参加者よりも有意に早く正答に到達していた.また,ほとんどの実験参加者が,ソース課題がターゲット課題の解決のための手掛かりとなっていることに気づかなかった.このことは,潜在意識処理が,洞察問題解決に対し何らかの促進的な関与があることを示唆する. 実験2ではプライミング研究で用いられている閾下刺激(人間が弁別可能以下の強度の刺激)を用いた実験を行い,洞察問題解決に対する潜在意識処理の関与をより直接的に検証することを試みた.実験1と同様にソース課題を事前に行い,その後ターゲット課題を行った.実験2では,ターゲット課題遂行時に,ソース課題とターゲット課題を結び付ける閾下刺激を呈示する実験条件と,呈示しない統制条件を設定した.しかし,実験2では正答率,正答に至るまでの試行数を含む全ての測定指標で,両群に有意差は認められなかった.差が確認されなかった1つの理由として,閾下刺激が視覚的なものであったため,意味的な処理が促進されなかったことが考えられる. 以上の結果より,以下の点が示された.洞察問題解決には類推的手掛かりが提示されることにより促進される.これらの促進の一部は,顕在的意識での処理を必要せず,潜在的な意識活動によってもたらされる.しかし,潜在意識処理のすべてが促進的に働くわけではなく,概念,あるいは意味的な処理が関与することが重要であることが示唆された.