予期しない現象の原因同定に影響する要因の検討

350603197  柴田 恭志

論文要旨

あるシステムが我々の期待と異なる出力を返したとき,我々はこれを予期しない現象と認識し,その原因を同定することを試みる.複雑なシステムとインタラクションする場合,我々は対象とするシステムをより単純化されたサブシステムの集合として扱う.原因を同定するとは,不具合を起こしているサブシステム(これを odd subsystem と呼ぶ)を発見し,その処理を明らかにすることである.このような状況における予期しない現象の原因同定に影響する要因を実験的に明らかにすることが,本研究の目的である. 本研究では,カードマジックのトリックを推測することを予期しない現象の原因同定と捉え,マジックのトリック推測問題を実験課題として取り上げた.このマジックでは,3 枚のカードが入れ替え処理される間に,ターゲットとなるカードが観客の予期しない位置へ移動する.この間に複数回行われるマジシャンの「操作」が各サブシステムの処理に対応し,「トリック」が odd subsystem の処理に相当する.実験参加者はこのマジックの動画を繰り返し視聴し,トリックを推測した.この過程で,カードの遷移を追従できているか,トリックが行われた場所を特定できているかを調査するテストが行われた.また,原因同定の成否を測定するため,実験参加者にはマジックの手順を再現する課題が課された. 2 つの実験が行われた.第 1 実験では,実験参加者の予期しない現象の原因同定過程を観察し,原因同定に影響する要因の抽出を試みた.この実験の結果原因同定に成功した被験者は,成功しなかった被験者に比べて,(1) 確定情報に基づく推論の条件が整ったときその推論を短時間で実行していたこと,(2) odd subsystem の絞り込みが早かったことの 2 点が明らかになった.これらの結果から,「確定情報に基づく推論の難易度」と「odd subsystem の絞り込みの難易度」の 2 要因が原因同定に影響するという仮説が提起された. 第 2 実験では,第 1 の実験から提起された仮説の検討を試みた.第 1 実験と同様の課題を用い,抽出された 2 つの要因を実験的に統制することにより,これらの要因と原因同定パフォーマンスの因果関係に関してより詳細な検討を行った.実験は確定情報に基づく推論の難易度,および odd subsystem の絞り込みの難易度の 2 要因のそれぞれについて容易/困難の 2 水準を設け,2 × 2 の被験者間計画で実施された.この結果,odd subsystem の絞り込みの難易度は原因同定に影響を与えるが,確定情報に基づく推論の難易度は原因同定に影響しなかった.第 1 実験からの予測に反した結果が得られた原因を検討したところ,仮定情報に基づく推論が行われた可能性が指摘された.すなわち,我々が予期しない現象の原因同定を行う際には,確定情報に基づいて推論を行うだけでなく,確定情報が得られない場合には仮定によって作り出した情報を基に推論を進められることが示唆された.