人間は前処理を行い,後の主処理を容易にする行動をとる.しかし,前処理を行 うコストと主処理を行うコストはトレードオフの関係にある.従って,前処理を 行う有効性は,課題の複雑性によって異なると考えられる.我々は,5 つの実験を 行い,前処理を行うコストと主処理を行うコストがトレードオフの関係にある時, 人間は前処理の有効性を適応的に見積もり,合理的な行動をとることができるか 検討を行った.これら5 つの実験で,我々は,50 枚の解答用紙に記載された点数 を1 枚の集計用紙に転記する作業を課題として用いた.実験参加者は,解答用紙 と集計用紙に記載された学籍番号の照合を行い,学籍番号に従って,解答用紙の 点数を集計用紙に転記する.この課題での前処理は,点数転記を行う前に,予め 学籍番号に従って解答用紙を並べ替えておく作業である.一方,この課題での主 処理は,解答用紙と集計用紙に記載された学籍番号の照合を行い,学籍番号に従っ て,解答用紙の点数を集計用紙に転記する作業である.我々は,主処理での学籍 番号の照合方法を操作し,課題の複雑性が高い状況と低い状況を設定した.実験1 では,実験参加者に,前処理を行うか行わないかを指示し,課題を3 回行わせた. その結果,課題の複雑性が高い状況では,前処理ありの方が前処理なしよりも課 題遂行時間は速く,エラーが少ないことが明らかとなった.一方,課題の複雑性が 低い状況では,前処理なしの方が前処理ありよりも課題遂行時間は速く,前処理 ありと前処理なしにエラーの差はないことが明らかとなった.このことから,本 研究の課題では,課題の複雑性が高い状況では,前処理ありが有効であり,課題 の複雑性が低い状況では,前処理なしが有効であることが示された.実験2 では, 実験1 と同様の課題を用いて,実験参加者に,前処理を行うか行わないかを試行 ごとに自由に選択させ,課題を3 回行わせた.その結果,課題の複雑性が高い状況 では,ほぼ全ての実験参加者が最初から前処理を行った.一方,課題の複雑性が 低い状況では,有効ではないにも関わらず,前処理が行われる方へ移行した.実 験3 では,前処理を行う机のスペースを制限し,前処理を行うことが困難な場面 を設定し,実験1 と同様の形式で実験を行った.その結果,前処理ありの実験参 加者は,駆使して制限された机のスペースを使用し,実験1 と同様のパフォーマ ンスを示した.実験4 では,実験3 と同様に,前処理を行う机のスペースを制限し た場面を設定し,実験2 と同様の形式で実験を行った.その結果,課題の複雑性 が高い状況では,ほぼ全ての実験参加者が最初から前処理を行った.一方,課題 の複雑性が低い状況では,前処理の実行が有効ではなく,更に,前処理を行う机 のスペースが制限されているにも関わらず,前処理が行われる方へ移行した.実 験5 では,実験参加者は,実際にどのように前処理の有効性を見積もっているの か検討を行った.その結果,実験参加者は,前処理の有効性を高く見積もり,前 処理の実行を選択したことが明らかとなった.