天文物理学者のケプラーは,大学での講義中黒板に向かって図を描いているときに,宇宙の数的構造という彼の生涯を通じての絶対的出発点となったアイデアが閃いたという.我々はよく知っていると思っていることを誰かに説明しているときに,説明しているまさにそのことについての新しいアイデアを思いつくことがある. 本研究の 1 つ目の目的は,この現象の実験的検討を行うために,実験室内でのこの現象の再現可能性を検討することである.この現象を実験室内で再現することができれば,要因を統制した実験が可能になり,この現象の仕組みの解明のための重要な土台を与えることができる.また本研究では,説明時に生じる何らかの制約が,概念空間を変化させ,新しいアイデアを生み出す可能性を考えた.本研究の 2 つ目の目的は,説明時の制約がアイデア生成に与える影響の検討である. 概念空間の変化を伴う認知的プロセスとは,すなわち創造的思考のプロセスである.認知科学には創造的な活動に関する研究の蓄積があり,本研究ではその中でも Finke らの提唱した創造的認知アプローチと呼ばれる手法に基づいて実験を計画し,実験室内でこの現象を再現できるかどうかを検討した. 4 つの 2 要因の混合計画実験が実施された.結果は, 9 つの実験条件と統制条件の比較を通して検討された.被験者はまず,提示されたパーツを用いて紙と鉛筆で家具をデザインした( Phase 1 ).続いて,実験条件の被験者は実験条件別に様々な制約のなかでその家具についての説明生成をした( Phase 2 ).統制条件では,実験条件で説明生成をしている間,独創的な家具のアイデアを考えた.最後に,被験者は,独創的で面白い新しい家具のデザインを求められた( Phase 3 ). Phase 1 の作品( 以下,プレ作品 )と Phase 3 の作品( 以下,ポスト作品 )を,創造性の観点から 7 件法で評定し,分散分析を行った.分析の結果,ほとんどの実験条件で,ポスト作品の独創性はプレ作品を上回るものの,その上昇は,統制条件のそれを上回ることはなかった.唯一,Phase 2 でデザインしたときとは異なる用途の独創的な家具としての説明生成を求められ, Phase 3 でその説明を忠実に再現した作品をデザインするように求められた実験条件において,プレ作品からポスト作品への創造性の上昇が,統制条件よりも有意な傾向が確認された.以上は,限定的ではあるものの,説明生成が創造的なアイデアの生成に有効に働く可能性があることを示唆するものである.ただし, Phase 2 で同様の説明生成を求められ, Phase 3 では Phase 2 のアイデアを取り入れてプレ作品を改良するように求められた実験条件では,統制条件と比較して有意な上昇は見られなかったことも確認されており,説明時に思いついたアイデアを後の作品生成において,自発的に取り入れることの難しさも示唆された.